中村昌宏と東日本大震災

中村昌宏

2011年3月11日に東日本大震災が起こりました。中村昌宏が住んでいた栃木県も、宇都宮市で震度6強を出すなど甚大な被害を被りました。中村昌宏の和菓子店では、地震によって亡くなったり、怪我をした方はいませんでしたが、調理場がめちゃくちゃになってしまい、いくつかの機械が壊れてしまいました。

従業員の精神的なショックもあり、震災から2か月間は店を開ける事が出来ませんでした。すでに店をたたんでいる同業者から、中古の機械を貸してもらい、お店を開店する事ができましたが、それでも前のようなクオリティのような和菓子は作れずに苦労しました。

また中村昌宏が昔勤めていた割烹料理店も、材料を仕入れていた所と連絡が付かなくなってしまったり、とにかく材料が無い中での開店を余儀なくされました。当初は様々なことに自粛ムードがあったので、中々お客様があつまりませんでした。その為、通常の夜の営業ではなく、ランチタイム営業を行い、割烹料理は安く手軽に楽しめるメニューを開発し、震災で疲れてしまった栃木の方を元気づけようと試みました。

普段これなかった方も大勢きてくれ、割烹料理を楽しんでいきました。そんな中、中村昌宏は昔の職場である割烹料理店に足を運び、一緒にデザートとして和菓子を提供しました。それは好評で、若い方向けに作成した和菓子も、ご年配の方が美味しいと言ってくれ、今でもお店に足を運ぶようになっています。しかし、復帰したように見えたお店は中々軌道に乗りませんでした。

それは栃木の山々からあふれ出ている水にセシウムが混入されている為危険という内容が、テレビだけでなく、インターネットを通じて拡散してしまったからです。しっかり放射線検査を行っている食材を使っても県外はもちろん県内のお客さんの来店も減って行きました。それでも懸命に安全な食材という事とホームページなどで呼びかけた所、元々、栃木は福島第一原発から距離があった事もあり、徐々にですが風評被害が収まり始めました。

それと同時期に、気軽に食べれるランチが魅力の割烹料理屋という事で、テレビや雑誌で特集されるようになり、人気がでてきました。震災から4年が経過した今では、以前よりも沢山のお客さんが来てくれる人気店になりました。日中には観光に訪れた家族連れの多い気軽に割烹料理と、中村昌宏j直伝の和風創作スィーツが楽しめる店として、夜は本格的な栃木の味覚を楽しめる割烹料理として人気が出ています。料理教室など地域に根差した活動が実を結んだ証拠だと思います。

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